フロイト講義<死の欲動>を読む

小林敏明著『快原理の彼岸』読解。「死の欲動」という概念がどのような思考過程を経て、形成されたのかが丁寧に追跡されている。講演記録のようにみえるが、そうではないらしい。あとがきに、菅谷規矩雄の話が出てくる。名古屋にいた頃は、緑区鳴海の団地に…

SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと

ヤールズ・ユウ(円城塔 訳)自伝を書いている私が始まりであり、終わりであるという円環構造に、ドッペルゲンガー=モチーフが重ねられている。いかにもジャン・パウル的な構想だが、2010年に発表された、アジア系アメリカ人のSF小説なのだ。だが、よく…

A=392Hz

CD を買った。 Freiburger Barockorchester が演奏する Brandenburg Concertos。一枚目の一曲目は第一番、というか、とにかく管楽器のあれこれの音が羊雲のように広がっている。けれども、この世界に入り込むのに、それほど時間はかからない。 こういう輝き…

丸で浪漫的アイロニーだ

與次郎は、三四郎の歩きぶりを見て、「もう少し普通の人間らしく歩くがいい」と言う。それに続いて、この言葉が出てくるのだが、一体、どういう歩行だったのか。 三四郎もわざわざ図書館まで戻って、意味を調べている。 獨逸のシュレーゲルが唱え出した言葉…

Don Quichote

übersetzt v. Fr. Justin Bertuch (1775 / 77), 350 E. Antiquariat Heubeck, Nürnberg デューラー広場を歩いていたら、古本屋さんを見つけた。これだけのコレクションをもちながら、ホームページがない、という。 他に、 Fenelon „Telemach“ übersetzt v. B…

JJ Heckenhauer

1823年創業、ヘッセも働いていたというチュービンゲンの古書店。シュティフト教会の広場にある。由緒ある店ということなのか、14時始まりである。 たしかに、古い。細い通路の奥に、薄暗い入口がある。狭い店にカウンターと雑然と並べられたり、積まれたりし…

KVK

ドイツ語圏内外の図書館目録を縦断検索できる。 フィルターをかけて、デジタル化された資料を調べてみると、18世紀の文献はかなりデジタル化が進んでいることが分かる。しかも、大体、丸ごとダウンロードできるようになっている。 Mesmer, F. A.: Herrn Me…

Robert Schumann: Gesammelte Schriften, Bd. 1-4, 1854

ツヴィカウのシューマンハウスで購入。92ユーロ。 ショーウィンドウにならんでいたサンプルを指して、あるか、と尋ねたら、受付のおばさんが、あちこちの棚を探して、奥の方から出してきた。「稀少本」だ、と、もったいぶっていたが、実際のところどうなの…

ドン・キホーテの末裔

清水義範 著『ドン・キホーテ』は、騎士物語のパロディである以上、騎士の物語ではなく、作者の物語なのだ。パロディとして読むということは、多かれ少なかれ、書く行為を意識することだから。

医学 薬学 化学領域の 独英和活用大辞典

河辺実 編医学書を読むとなると、役に立つ。"vegatativ" というのは、植物性ではなく、自律神経なのだった。 上本町の古本屋さんで随分前に買った辞書。値引きに継ぐ、値引きということか、14500円、4000円、3500円と売値が書き換えられている。あの店も、い…

横浜線ドッペルゲンガー

玉木ヴァネッサ千尋研究紹介コーナーにポスターを出してみたら、思わぬ収穫。ドッペルゲンガーの話なら、ヤングマガジンに連載中だとか。場面は、主に、ドッペルゲンガーの視点から描かれている。かれは、主人公の死霊であり、(ひょっとすると変わるかもし…

ペンギン・ハイウェイ

森見 登美彦異邦人のお姉さん+少年と父親の組み合わせならば、ごく普通の物語。ところが、この小説には、お母さんと妹が登場する。少年の家族への帰属がはっきりしていれば、お姉さんの存在がいよいよ正体不明になるはず。だが、お姉さんの存在感が圧倒的で…

罪・苦痛・希望・及び真実の道についての考察

中島敦『全集 2』所収。カフカのアフォリズから10編が訳されている。。解題によれば、1933年の英訳本からの翻訳。成立年代は不明。カフカの日本初訳は、1940年の本野亨一訳『審判』である、とのこと。42年に、中島が病死していることを考え合わせると、いず…

鐘の渡り

古井由吉 「窓の内」「方違え」「机の四隅」が、よかった。 奇妙なイメージが日常の中に浮かび上がってくる様がおもしろい。 「机の四隅」はドッペルゲンガーの話。「影の病」というのは、ドイツ語かと思ったら、歴とした日本語なのだった。

書庫を建てる

松原隆一郎 堀部安嗣 著8坪の土地に建てられたコンクリートの塊。その中に、1万冊の書物を収める書架と、さらに、書斎、寝室、シャワールームを設えたという、うらやましい話。しかし、この本がただの自慢話で終わらないのは、祖父の記憶というモチーフが…

ber Thierischen Magnetismus

Über が文字化けしたまま、タイトルになっている。出版元は、アメリカらしいがやはりよく分からない。 Eberhard Gmelinが1787年に出した論文を、コピーして、そのまま "print on demand" として販売しているらしい。実に怪しげなテクストである、が、しかし…

われら難民

「難民」は誤訳。原語は、"Refugees" で、旧約聖書申命記の「逃れの町」に逃れてきた人たちのこと。 アレントの「ユダヤ人問題」論集がおもしろい。パーリアとしてのユダヤ人を通して、ヨーロッパ文明、ドイツ文化が描かれている。

『半自叙伝』書評

昨日の朝日新聞読書欄。 自叙伝は、二回出た著作集の綴じ込み記事が纏められている。だから、二つの著作集の間にある時間が、一つのモチーフの扱いの違いになって現れているという。 反復と変奏は、老年をテーマにした著者の近作の主要モチーフである。

先生の遺書

漱石『こころ』の連載が始まった。 話そのものは、それほどおもしろいわけではない。しかし、連載として一日ごとに読んでみると、漱石の物語への踏み込みがよく判る。一話ごとに、新局面が現れ、先生の不思議さが深くなっていく。 併行して連載中の名人戦の…

やすらい花

古井由吉 これまでなんども読み始めては、途中で放り出した短編集。どういうわけか、今回は、すっと入って、そのまま読み切ってしまった。短編といっても、ドラマチックな筋の展開はない。いくつかの断片的な情景が、継ぎ接ぎされているという点では、連吟に…

Andreas Gursky

出町柳まで出て、一日勘違いしていたことに気づいた。 京都にいても仕方ないので、中之島まで戻って、展覧会を見た。 写真の図像をコンピュータで処理しているという。鳥瞰に細密描写が平気で混入しているのは、それで一応納得である、が、しかし、それだけ…

日本文学検定

http://www.nichibunken.com/ 「教材」というサイトで、例題に挑戦してみたが、太刀打ちできない。そういえば、ずいぶん前に『世界文学クイズ』という本を買ったが、こちらもまったくダメだった。

地下へ サイゴンの老人

日野啓三 新聞記者だった作者が、小説という形式でしか書くことができないと考えた現実とは何だったのか。 『ベトナム報道』は、ノンフィクションでありながら、現実の厚みに歯が立たない記者の姿を通して、現実の「向こう」がフィクション以上に生々しく描…

半自叙伝

古井由吉 月報をまとめただけ、ということなのだが、それなりに面白かった。 まず、これほどの文章が書ける人でも、苦しんでいるという事実に改めて感動した。それから、ちょっとした作品案内になっていて、なんとなく懐かしい思いがした(一作を選ぶとした…

むらぎも

中野重治 ごく自然に書き流しているようでいて、そうではない。意識の流れに沿って(いるのだろうか?)、折り重なった時間が丹念に書き込まれている。かなり計算して書かれているはずなのである。 けれども、うまく物語に入っていくことができなかった。 あ…

眞田三勇士忍術名人 猿飛佐助

雪花山人 著 復刻版。原本は、大正3年に、立川文明堂から出版された。二十五銭、というのは、今のお金でいくらくらいになるのだろうか。 とにかく調子がいい。 山高しと雖も尊からず、木あrを以て尊しとなす、人間も其の通り、幾等豪勇でも智恵がなくって…

吉本隆明全集

3月13日発行、と「特別サイト」にあったので、本屋さんに寄ったが、無駄足だった。 家に帰って、アマゾンサイトを見ると、15日発売、となっている。アマゾンでは、発売されていないうちから、「全集」カテゴリーでベストセラーになっていた。 随分前に出た『…

Hermann Heidegger

Die Zeit 11号に、ハイデガーの息子をインタヴューした記事が掲載されている。 間もなく出版が予定されている『黒いノート』は、マルティンのナチとの関連がさらに明らかになるのではないかと期待されているが、編集段階で、ヘルマンの手がかなり入っている…

八月一日(日)晴

頭の中を翻訳する (承前) 先崎学 読んでから時間がたってしまったので、記憶を頼りに、話を再現してみる。 先崎八段は、将棋に、感性と感性のぶつかり合いを見る。多分、観戦記者?として、そこに言語化できる領域を見つけた、ということなのだろう。とこ…

頭の中を翻訳する

先崎学 前項の続き。 音楽/将棋/数学 は、それぞれ固有の記号体系をもっているが、記号体系そのものの役割が違う。 数学は、記号によって書かれたものが、まさに数学の実体である。図とか、グラフとかは、便宜的な下絵にすぎない。最終的に、数式になるか…