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八月一日(日)晴

頭の中を翻訳する (承前

先崎学

読んでから時間がたってしまったので、記憶を頼りに、話を再現してみる。

先崎八段は、将棋に、感性と感性のぶつかり合いを見る。多分、観戦記者?として、そこに言語化できる領域を見つけた、ということなのだろう。ところが、それを書くことは、先崎氏自身の感性を露出してしまうことになる。敵に手の内をみせているようなもので、勝負強い棋士であり続けるためには、書かない方がいい。

そこで、翻訳ということになるのだが、『エッセイコレクション』では、そのあたりで打ち切りになっていたのではないかと思う。

将棋についてなにを言葉にすることができるのかというのが当初の問だった。それが、単刀直入に書かれていたので、なるほど、と思ったのであった。

しかし、感性が書かれているというならば、恋愛小説とどこが違うのか。

あるいは、私も将棋に、人間的な感性を観ているのかもしれない。少なくとも、素人にとっては、将棋の技巧など、全然判らないのだから。しかし、将棋を観る/読むおもしろさは、将棋を通して、普段とは違う形で、感性に触れるからではないだろうか。

 

ところで、『エッセイコレクション』であるが、圧巻は、最後の山田道美九段の日記。少年は、丸栄の本屋に寄って、それから、金子金五郎の門を叩いたのだった。