むらぎも

中野重治

ごく自然に書き流しているようでいて、そうではない。意識の流れに沿って(いるのだろうか?)、折り重なった時間が丹念に書き込まれている。かなり計算して書かれているはずなのである。

けれども、うまく物語に入っていくことができなかった。

ある時代の人たちは、これを難なく読んでいたのだろうか。マルクスを読んでいる学生たちには、この程度のドイツ語はごく身近なコトバだったのだろうか。恥ずかしながら、Ausstand / Aufstand は、辞書を調べて、成る程と思った。

人間関係も複雑で、主人公の視点から描かれているため、相互にどのような関係にあるのか曖昧である。葛飾伸太郎が芥川で、深江が堀辰雄で、斎藤が室生犀星とか、解説にあるが、そんな個人的な関係を知らなければ、読めない小説なのだろうか。

さらに、左翼用語、東京の地理、とハードルは高い。

しかし、断片的には、判るところもある。

雄弁な葛飾に対して、主人公の「あ、あ、あ・・・・・・」は、やはり凄い。

「なんという不思議な涙だろう」という一文だけで、ダメを出すのも流石としか言いようがない。