聴こえない音楽

《アベッグ変奏曲》のフィナーレ(初版の改訂版)における「ABEGG」の主題は、鳴り響いて提示されるのではなく、この音が一音ずつ消えていくことによって表現される。・・・ シューマンの作品では、音響的に鳴り響く効果と楽譜に記されていることの不一致を随所に見出すことができる。すなわち楽譜には記されているものの、実際の演奏でそれを実現することは困難か、不可能な表現である。もっとも代表的なのは、上記の《パピヨン》の終曲において、26小節にわたって保持されるバスのニ音である。

(西原稔『シューマン 全ピアノ作品の研究 上 35ページ以下)