ペンギン・ハイウェイ

森見 登美彦
異邦人のお姉さん+少年と父親の組み合わせならば、ごく普通の物語。ところが、この小説には、お母さんと妹が登場する。少年の家族への帰属がはっきりしていれば、お姉さんの存在がいよいよ正体不明になるはず。だが、お姉さんの存在感が圧倒的で、家族の方が正体不明になっている。

罪・苦痛・希望・及び真実の道についての考察

中島敦『全集 2』所収。カフカのアフォリズから10編が訳されている。。
解題によれば、1933年の英訳本からの翻訳。成立年代は不明。カフカの日本初訳は、1940年の本野亨一訳『審判』である、とのこと。42年に、中島が病死していることを考え合わせると、いずれにしても先駆的な仕事だった。
そういえば、わたし自身、カフカの名前を知ったのは、中島敦を通してだったかもしれない。ドイツの小説家で、同じように変身の物語を書いた人がいる、と、中学の国語の先生が言っていた。
しかし、今読み直してみて、なんとなくカフカを感じるのは、隴西の李徴ではなく、匈奴で生き延びた李陵である。

断片10は

知識発生の最初の徴候は、死に対する要求である。・・・

という一文で、始まり、

・・・信仰の痕跡がある。

と、結ばれている。

書庫を建てる

松原隆一郎 堀部安嗣 著
8坪の土地に建てられたコンクリートの塊。その中に、1万冊の書物を収める書架と、さらに、書斎、寝室、シャワールームを設えたという、うらやましい話。
しかし、この本がただの自慢話で終わらないのは、祖父の記憶というモチーフが絡んでいるためである。この書庫には、170センチもあるという仏壇も収められることになる。書籍は、死者たち(あるいは、やがては死に逝く者たち)の記録。書庫の持ち主にとっては、仏壇と書籍が相並んで、特に齟齬がないようなのだ。
それは、書籍が死者に近いというよりも、仏壇の方が生きているためなのかもしれない。

ber Thierischen Magnetismus

Über が文字化けしたまま、タイトルになっている。出版元は、アメリカらしいがやはりよく分からない。

Eberhard Gmelinが1787年に出した論文を、コピーして、そのまま "print on demand" として販売しているらしい。実に怪しげなテクストである、が、しかし、こんなテクストが日本で読めるようになるとは、夢にも思わなかった。

最後の頁には、バイエルン国立図書館の印鑑まで写っている。

 

われら難民

「難民」は誤訳。原語は、"Refugees" で、旧約聖書申命記の「逃れの町」に逃れてきた人たちのこと。

アレントの「ユダヤ人問題」論集がおもしろい。パーリアとしてのユダヤ人を通して、ヨーロッパ文明、ドイツ文化が描かれている。

『半自叙伝』書評

昨日の朝日新聞読書欄。

自叙伝は、二回出た著作集の綴じ込み記事が纏められている。だから、二つの著作集の間にある時間が、一つのモチーフの扱いの違いになって現れているという。

反復と変奏は、老年をテーマにした著者の近作の主要モチーフである。