証言 羽生世代

大川慎太郎

将棋のルールを知っている。どういう状態が勝ちなのか、負けなのか、も分かる。しかし、その間でなにが起こっているのか、まったく分からない。近年、その間のことを、将棋ソフトの評価値が視覚化してくれたような気がしたが、それは錯覚だったかもしれない。

鏡影劇場

逢坂剛 著
E・T・Aホフマンというわりには、なんだかスカスカな文体だな、というのが最初の印象だった。しかし、とにかく最後まで読ませてしまうところに、構成力の力、長編小説の力があるのかもしれない。
日本人登場人物の世界が、ホフマンの世界に対してどのくらい鏡、影、になっているのか。袋とじになっている最終場面になって、あっやっぱりホフマンだ、と納得した。

遊び仕事

古井由吉『雛の春』

たしか、日も暮れかけて職人たちの気分もだらけているのに、半端な仕事がまだ残っている時に、遊び戯れるままにまかせて働かせると、かえってはかどるということだったか。 

 という「遊び仕事」の説明に続いて

春の前触れの、ほのかに霞む日の暮れを連想させる。

 さらに、次のページには

遊び仕事とは、今から思うに、それでもだんだんに済んでいくという心である。じつは何事も済まないのだが、とにかく一日ずつ、そのつど仕舞いにはなる。

まあ、この程度のことなら、私でも書くことはできそうではあるが、しかし、

しかし忙中の閑に棹差せばその皺寄せで閑中の忙も避けられず、日数の経つのが速いことに、あるいは妙に遅いことに苦しむ。 

 なるほど。忙しいときに休んでいないと、休んでいるときにも忙しくなる。

「その皺寄せ」? 休む修練をしていないがために、ということか。

忙と閑のリズムが狂うと、時間感覚が狂ってくる。

時間の流れの不順は心身の内壁を傷つける。

 

われもまた天に

古井由吉

人は皆、マスクをしている。インフルエンザの流行のため、院内ではマスクの着用が求められている。玄関口にマスクの販売機がある。病室への外来者の出入りは禁止になっているという。 

 『雛の春』の初出は、『新潮』2019年7月号。2018/19の冬も、インフルエンザが流行していたのか。全然記憶がない。だが、たしかに

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