Wer wir sind und warum das nicht klappte

ネアンデルタールからメルケルまでのドイツの歴史を辿るという企画。
全99話ということだが、「第74話 ドイツ 一国家という理念」の最初のところだけ聴いてみた。ヤーンの体育の理念を引用して、自由と国家統合は本来矛盾しているのではないか、という問いから始まる。面白そうなのだが、全部聴くと2時間かかる。

youtube からアクセスできる。

https://www.youtube.com/playlist?list=PLKzGGIBR_B4QhdupN_tOPdfvhUAm0i23Z

字幕が出るが、2時間もドイツ語を読み続けることはできないだろう。音声だけで十分ではないだろうか。

ポッペアの戴冠 1957

Deutschlandfunk Kultur 10月18日放送の Interpretationen のテーマは、モンテヴェルディ『ポッペアの戴冠』だった。

https://www.deutschlandfunkkultur.de/betoerende-leidenschaft-l-incoronazione-di-poppea-von-claudio-monteverdi-100.html

同じ作品とは思えないくらいさまざまな演奏があり、どれを聴いても素晴らしい。とりわけおもしろかったのは、アルノンクール以前の録音で、1957年、マタチッチがベルリンの国立歌劇場で上演していたのだった。番組では、Liselotte Losch という歌手が歌う addio roma を紹介していた。ドイツ語で歌われていて、a... a... addio という連なりが、ach... ach... になっている。コメンテーターは、"schmerzhaft" と言っていたが、どうなのだろう。

蔵書の処分

1000冊くらいは買っている。文庫本も、古書も含めての話なので、平均価格が3000円だとすれば、300万円使ったことになる。60年間で300万円なら、1年5万円。ずいぶん楽しませてもらったので、お得なお買い物だったと思う。

残念なのは、実際に読んだ本がそのうちの半分にもならないことである。

Tamara Lukasheva: Mein Dunkel.

ラジオを聴いていたら、リルケの詩を歌っていた。

Mein Dunkel, mein Dunkel, da steh ich mit dir

私の闇とともに立って、私は強く願っている。
全てのものに向けて一つの声、唯一の叫びが私から湧き出てくることを。
一つの鳥の啼き声が、何千回も、叫びとなり、また、叫びとなり、大気の心と一つになり、森の心と一つになるとき、私の数々のコトバはなんだというのか?

Quasimodogeniti

復活祭後の最初の日曜日を「クウァジモードゲニティ」と言うのだ、と。

 „Quasi modo geniti infantes“
生まれたばかりの乳飲み子のように(ペトロの手紙 2.2)

「理に適った、混じりけのない乳を慕い求めなさい」と続くのだが、この「理に適った」は、ドイツ語では、vernünftig となっている。

seid begierig nach der vernünftigen lauteren Milch wie die neugeborenen Kindlein