Interpretationen

Deutschlandrundfunk.Kultur の音楽番組。
日本時間で、日曜22時から0時まで。

昨夜は、シューマンの第四交響曲をどう演奏するのか、という話。
いくつかのテーマを中心に、聞き比べをするので、素人にも、演奏によってどのくらい曲の感じが違ってくるのかがよく判る。

シューマンのこの作品には、1841年版と51年版の二つのヴァージョンがある。作曲家がそれだけ手を入れたのだから、というわけでもないだろうが、解釈の余地が大きい。曲想に、初期のピアノ曲のようなきままな感じがある。

個人的には、ラジオ番組を録音したカセットテープを何度も聴いた記憶があるが、あれはN響の演奏だったのだろうか。昨夜聴いた演奏の中では、フルトヴェングラーの演奏に一番近かった(のは、あるいは、こちらの主観的な印象なのかもしれない。とにかく一途に聴いていたのだ。その頃は)。

チェリビダッケのゆっくり演奏も、ラトルの軽い第一ヴァージョン演奏もよかった。シャイイ演奏のマーラー版は、全部聴いてみたかった。それから、ちょっと面白かったのは、ノリントンの演奏。解説によれば、シューマン自身のテンポ設定にもっとも忠実、ということなのだが、かなり速い。ロマン派の印象とずいぶん違う。

古典作品とは、音楽にかぎらず、解釈の集大成でもある。当然のこと、と言えば、その通りなのだが、私は、二次文献をあまりに軽視してきたような気がしてきた。

Joachim Kaiser

dradio.de / Kultur を聴いていたら、シューマンクライスレリアーナの話をしていた。一曲ずつ、それがどういう音楽なのか、言葉をつくして語っていく。そして、それぞれの曲について、何人かの演奏を紹介していた。

まず、ヴィルヘルム・ケンプが出てくるのは、世代的な感性なのだろうか。ケンプ77歳の演奏には、なにかしらまどろっこしさがある。ブレンデルは、同じテンポで弾いているが、コントラストがはっきりしている。が、ケンプの抒情的な演奏はいまだ一聴の価値がある(と言いつつ、第二曲はケンプではなく、ウチダの演奏を聴くのだった)。別のところでは、ケンプ(父親オルガニストだった)のゆっくりとしたアルペジオを聴き、シューマンがバッハのトッカータとフーガをどうやって取り込んでいるのかが示される。

ホロヴィッツを驚嘆させたアシュケナージの早弾き。内田光子コクトーの対比。シフ、ルビンシュタイン、ルプー、とならべて聴いてみると、一つのフレーズがそれぞれ独特のニュアンスで立ち上がってくることが判る。

ホロヴィッツが、アイヘンドルフの詩を諳んじていたという話。ルビンシュタインが当然のように語るピアノテクニックは、他の誰かが試みてもまったく効果を発揮しない、といった話。コルトーの間違った打鍵を、自分の正確な打鍵よりも高く評価していたグルダの話。

終曲は、ホロヴィッツが1969に録音した演奏。後年の演奏はダメなのだ、と。もちろん、途中、第一交響曲(マリナー指揮)の一節が挿入されたりもする。

Süddeutsche Zeitung で音楽評論を書いていたが、今年の5月に亡くなった。

Logen-Blog

https://www.literaturportal-bayern.de/blog?task=lpbblogs&layout=category&category=179

Frank Piontekによる、毎日、ジャン・パウル『見えないロッジ』を読む試み。
24.09.2012に始まって、22.12.2014に終わっている。

自由の創出

ジャン・スタロビンスキー(小西嘉幸 訳)
四天王寺の古本市で購入。1000円。

18世紀がロココ趣味だけではないことは判る。自由がひょっとしたら、発明されたものかもしれないことも判る。しかし、自由とノイマンバロック教会がどのように結びつくのか。

いまさらながら、ではあるが、拾い読み。それにしても、訳文と図版がちぐはぐになっているのは致命的である。


ドイツ語版を書架から引っ張り出して、読むことにした。

Jean Starobinski: Die Erfindung der Freiheit. 1700-1789, Ffm. (Fischer) 1988

吾輩は猫である

朝日新聞連載終了。
といっても、この作品はもともと朝日新聞とは関係がない。

猫が最期に呑むのは、酒だとばかり思っていた。

思えば、中学生だか、小学生だかの頃、『路傍の石』や『次郎物語』といっしょに、子ども向けの本で読んだきりだった。ビールでは判らないので、お酒になっていたのかもしれない。

カーテル・ムルが出てくるのも、この最後の一節なのだった。

Adolf Wölfli 1864-1930

名古屋市美術館で回顧展を見た。

絵画というのか、本というのか、とにかく稠密に描き込まれた線描がそれだけで、表現になっている。精神病棟で制作されたという。

フロイトが生まれたのが、1856年。シュレーバーは、1842年に生まれている。ユングは、1875年生まれ。作家ロベルト・ヴァルザーは、1878年生まれ。

聖アントニウスの誘惑

クラーナハ展(大阪国立国際美術館

全景には、幻想に捕らえられ宙に浮かんだアントニウス。まるで聖人自身が幻想の一部になってしまったかのようである。しかしまた、遠くに見える町は、なにごともなかったかのように静かで、これまた不気味である。

遠景も近景も、木版だとは思えないほど緻密に描き込まれていて、謎めいた感じを醸し出している。