乗代雄介:皆のあらばしり

実際にあったのかどうかも分からない偽書をめぐる物語。
小津久足は実在の人。竹沢屋儀兵衛なる酒屋が、小津の紀行文と称する『皆のあらばしり』を書いたかどうかはすでに定かではない。
その文書が竹沢家に残されているというのは、浮田くんの言葉を信じればの話である。
しかし、浮田くんは本当にいたのかどうか。浮田くんの目の前に唐突に現れた「男」が「私」となって語り出すとそれすら疑わしい。

 

子のまろび酒屋が皆のあらばしり言の葉のほか跡はのこらじ

 

結局は、言葉しか残らない。かくて、『皆のあらばしり』は、竹沢屋儀兵衛ではなく、「私」の物語となる。