旅する練習

乗代雄介
この物語後半には、ほぼ同じルートを辿っているらしい二つの旅が重ねて書かれている。コロナ以前と、コロナ以後の徒歩旅行。旅の最後に、本を返しに行く姪の足取りは、こんな風に書かれている。

一人待っている私の方は、はっきりした目的というものを久しく名指せずにいるような気もしていたが、この旅を書くことで、その足取りの頼もしさを確かめたいのだと今ならわかる。

以前の旅を辿る「今なら」わかる。

ただ大事なのは発願である。もう会えないことがわかっている者の姿を景色の裏へ見ようとして見えない、しかしどうしようもなく鮮やかに思い出されるものがある。その感動を正確に書き取るために昂ぶる気を抑えようとするこの忍耐も、終わりに近づいてきた。

これ以降、それまで抑えられていた旅人の感動が繰り返し書き込まれるのだが、その感動がなにに由来するのかは、物語の最後になって分かる。