猟奇の果

明智小五郎事件簿 IV

踝をピストルで撃たれた明智小五郎がどうやって賊の地下室から逃げ出すことができたのか。第二の品川の資金源はどうなっているのか。この小説は、そのような現実的な連関をまったく意に介さない。
書かれているのは、まったく区別のつかない二人の人間が存在するということの恐怖、理不尽、滑稽だけなのである。

愛之助は、友人の品川に誘われて、映画「怪紳士」を観に行く。

 と、突然、画面の右の隅へ、うしろ向きの大入道が現われた。活劇を見物している市民の一人がうっかりカメラの前へ首を出したのであろう。
 愛之助はある予感に胸がドキドキした。果たして、その大入道が、振り返ってカメラを見た。スクリーンの四分の一ぐらいの大きさで、一人の男の顔ばかりが、ギョロリとこちらを見た。
 ホンの一瞬間であった。邪魔になると注意でもされたのか、その顔は、こちらを見たかと思うと、たちまち画面から消えてしまった。
 その刹那、愛之助はぎょっとして息が止まった。

もちろん、画面に映し出されたのは、隣に座っている品川の顔なのである。
突然、一瞬間、刹那、の出来事ではあるが、愛之助にも読者にも予想された出来事ではあった。