ロラン・バルト:恋愛のディスクール セミナーと未刊行テクスト 水声社

1975年1月9日の講義
バルトはハイネ=シューマンをドイツ語で引用して

Es ist eine alte Geschichte,
Doch Bleibt (!) sie immer neu.
(それは古い物語、けれどもいつも新しい)

こう続ける
「実際のところ、テクスト研究の目的は新しさである。歴史的、社会学的、科学的な新しさではなく実存的あるいはエロス的な新しさだ。いつものように、新しい欲望、つまり新しいテクスト:〈はじめて〉、〈出会い〉、〈目眩〉というカテゴリー、そして、ニーチェが(同一物の、ではなく、差異の)永劫回帰というこれまでにないテーマにおいて指摘した、差異の回帰というカテゴリー。」
ところが、この箇所には注がついていて、バルトは線を引いて、この一節を取り消しているという。実際、ここでバルトが語っているのは、テクストではない。

こうして始まる『ヴェルター』テクストの分解作業は、一年後、『クラディーヴァ』の読解へと引き継がれる。

1976年1月8日の講義
「なぜ『若きウェルテルの悩み』から離れるのか。ウェルテルが(恋の病から)自らの死を選んだために、そこから引き出すべきものがもはや何もないからである。・・・例えば、浅浮き彫り(レリーフ)に浮かび上がるトラウマ的イメージ・・・。そして、こうしたイメージが、物語の続きで再び人(ツォーエ)に戻ることで、錯乱から抜け出るのに積極的な役割を担うことによって、イメージであることをやめ主体となる他者(愛される他者、小文字の他者)の問題が提起されることになる:〈イメージ〉である男や女はどうなのか。」